2014年3月26日 (水)

【FM島田】旅立つ君へ②

3月最後の火曜日、FM島田の「ディスカバリーRadio」のコーナーにお邪魔してきました。
今回は昨年(2013年3月)もやった「旅立つ君へ」の2回目。

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Op. The Direction You Take / 松居和 featuring Jennifer Warnes
from 幻の水平線/松居 和 フィーチュアリング カルロス・リオス(1982年)
作詞:Kazu Matsui、作曲:Tetsuji Hayashi

大好きな曲の1つで、前回(2013年3月)の「旅立つ君へ」特集の最後にかけた曲。
スケールの大きなメロディと「丘からの祝福を感じ、風と一つになって日の出に向かって帆をあげる。波の上を渡る風の意味を知れば、方角がきっと見えてくる。」というメッセージが新しい旅立ちにふさわしいと思うので、オープニングで再度。

今回は「夢」をキーワードに2曲、島田を離れてもFM島田聴いてねっていう思いを込めて1曲、紹介しました。

1. Dreams Come True / Bill Hughes
from 「Dream Master」 1979年
作詞:作曲:Bill Hughes

関西で輸入盤が爆発的に売れ、1980年1月に日本盤が関西地域限定で発売、それが話題となってその人気は全国に広まり、その後全国発売されたという曰く付きの名盤。ジェイ・グレイドン、アーニー・ワッツ、ジェフ・ポーカロ、ウィルトン・フェルダーらが参加。
1991年にはビリー・ヒューズという名前で、ドラマ「もう誰も愛さない」 の主題歌「とどかぬ想い(Welcome to the Edge)」を日本でヒットさせているそうですが、まったく記憶がない...吉田栄作主演だったらしい。

大学に入学して一人暮らしを始めて、比較的スグに買ったアルバムで、よく聴いていました。さらっと明るい気分になれます。

【歌詞抜粋】
夢はきっとかなう ただ信じ続けていればいい
夢はきっとかなう だから夢を持ち続けよう
もし夢を追い続けて ひとりぼっちだと不安になったら
自分の気持ちを信じ 信念に従おう
深い海から届く声を聞けば自分を取り戻せる

BGM: Don't Worry, Be Happy / Bobby McFerrin

2. 夢のヒヨコ / 矢野顕子
from 「ポンキッキーズ・メロディ」 1995年
作詞:糸井重里、作曲:矢野顕子

フジテレビ系列で1993年10月1日から2001年3月31日及び2005年4月2日から2006年3月25日まで放送された子供向けテレビ番組から生まれたアルバムから。
僕がカラオケでよく歌う「歩いて帰ろう」(斉藤和義)もこのアルバムに。夢を持って生きようよ、というメッセージは子供も大人も関係ないですよね。

【歌詞抜粋】(二番)
コドモはオトナになれるんだけど
オトナもコドモになれるって
おおきなコドモとちいさなコドモ
どっちもヒヨコを飼えばいい
だってだれでも だれでも
夢のヒヨコを飼えるんだもん
夢のヒヨコを飼えるんだもん

4. Lucky Radio / Samuel Purdey 4分02秒
from 「Musically Adrift」 1999年
作曲・作詞:Samuel Purdey

中学、高校の時も、FMは時々聴いていたのだけど、一人暮らしを始めたころは、ラジオを聴いているかレコード聴いているか、ってな生活でした。
この番組を聴いてくださっていて、島田を離れて新しい生活を始める方、これからも時々聴いていただけると嬉しいですね。PCでもスマホでも聴ける時代になりましたから。ふるさとの暖かさを伝えられるような音楽コーナーにしていきたいと思います。
呼んでいただけるうちは...

ということで、2011年3月から1年間、FM島田で放送されていた「Bon Voyage(ボンボヤージュ) のモーニングカフェ~素晴らしき音楽仲間たち~」で教えてもらった、カッコいい曲を最後に。

「♪Takes me home Lucky Radio On your own Lucky Radio


   

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2014年2月18日 (火)

【FM島田】☆星の曲☆

寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。ブログも続けていきますので、今後ともお付き合いくださいませ...
まだまだ寒い2月だけど、空気が澄んで星が綺麗な季節。ディスカバリー・パーク焼津天文科学館の宗政さんがこれから月1回出演して星のお話をしてくださるということもあって、2月18日の「ディスカバリーRadio」(パーソナリティー:小栗みゆきさん)のコーナーは、「星の曲」特集。
星の曲は歌詞もロマンチックなものが多いので、歌詞(抜粋)も紹介しながら。

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オープニング. When You Wish Upon A Star (星に願いを) / Carol Jarvis
From 「Smile」 2010年
作詞:ネッド・ワシントン、作曲:リー・ハーライン

1940年のディズニー映画『ピノキオ』の主題歌。ジミニー・クリケット(コオロギ)役としてクリフ・エドワーズが歌い、その年のアカデミー賞の歌曲賞を獲得したそうです。
星の数ほどカバーされている「星に願いを」をオープニングで。

キャロル・ジャーヴィス:
イギリス王立ノーザン・カレッジでトロンボーンを学び、その後イギリスの主要オーケストラにソリストとして度々共演。また映画のサウンド・トラックにも数多く参加している若手女流トロンボーン奏者。
2004年にわずか26歳でホジキン・リンパ腫と診断され、ずっと病魔と闘ってきた。このCDもイギリス国内盤の収益は、ガン患者をサポートしているマクミラン財団へ寄付されている。

【歌詞抜粋】
星に願いを懸けるとき
誰だって心を込めて望むなら
きっと願いは叶うでしょう


1. So Many Stars (星屑のボサノヴァ) / Jane Monheit
from 「Come Dream With Me」 2001年
作詞:アラン&マリリン・バーグマン夫妻、作曲:セルジオ・メンデス

1967年にセルジオ・メンデス&ブラジル’66によって歌われたのが最初。
セルジオ・メンデス&ブラジル’66のバージョンも良いのだけど、このジェーンのバージョンはこの歌の良いところに、さらに輝きを与えていると思います。別のアルバムでも歌ってます(セルジオ・メンデスと共演)。
ちなみに、イントロのSaxはMichael Brecker、Tpソロは Tom Harrellという、贅沢さ。(^^

ジェーン・モンハイト:(1977年11月3日~)
ニューヨーク州ロング・アイランド出身。祖母と叔母がプロ歌手など芸能一家に育ったジェーンは高校でクラリネットと音楽理論を学びながら、地元のジャズ・クラブで歌い始める。
17歳でマンハッタンに転居し、ジャズ教育の名門マンハッタン音楽院に入学。最上級生になった年にニューヨーク・ヴォイセズの創立メンバーでもあったピーター・エルドリッジの勧めによって参加したセロニアス・モンク・コンペティションで準優勝に輝き、一躍注目を集め、2000年にデビュー・アルバムが発売された。

【歌詞抜粋】
すべての星には1つ1つに夢が宿っていて、
その中の1つは私の夢。どれが私の夢なの?
全ての星に夢がやどる時、なんてたくさんの星が輝くの!
風は沢山の歌にあふれていて、
その中の1つは私の歌。どれが私の歌なの?

2. Stardust / Margareta Bengtson
from 「Where The Midnight Sun Never Sets」 2009年
作曲:ホーギー・カーマイケル、作詞:ミッチェル・パリッシュ

1927年に発表されたジャズのスタンダード・ナンバーで、1929年に歌詞(英語版)がつけられたそうです。
「シャボン玉ホリデー」(1961-1972)のエンディングでザ・ピーナッツが歌ってたらしい。記憶無し...

この曲もたくさんのバージョンがありますが、今回は新しめのアルバムから。アルバムは新しいのだけど、アレンジは古き良き時代を思わせます。トロンボーンの絡みやソロも、昔懐かしい感じの演奏です。Guitarとのデュオで始まって、ベース、トロンボーンが加わっていきます。トロンボーンはディッケン・ヘドレニウス、いい味だけど、知らないアーチストでした。
もとは歌詞が付いておらず、ミディアムテンポで演奏されていたらしいですが、歌詞が付き、スローバラードとして歌われたことで輝いた曲です。たぶん。

マルガリータ・ベンクトソン:
1966年、ストックホルム生まれ。声楽の教師を母に、王立オペラの主席フルート奏者を父にもち、幼少から歌とピアノを、12歳からはハープを習う。84年に王立音楽アカデミーに入学すると同時に、学友とヴォーカル・ユニット、ザ・リアル・グループを結成。2000年発表のアルバム『コモンリー・ユニーク』はスウェーデン国内のグラミー賞を受賞した。
グループ脱退後、2007年5月に『アイム・オールド・ファッションド』でソロ・デビューした。

【歌詞抜粋】《ヴァース》のみ
そして今、夕暮れの紫の黄昏が僕の心の草原にしのび込んでくる
小さな星が空高くのぼり、僕らが離れていることをいつも想い出させる
僕には消えることのない歌を残し、君は小道をさまよいながら遠ざかっていった
恋は今、過ぎ去った日々の星くずとなり、過ぎ去った歳月の歌となった


3. Stella By Starlight(星影のステラ) / Stan Getz
from 「Stan Getz Plays」 1954年
作曲:ヴィクター・ヤング作曲、作詞:ネッド・ワシントン

1944年のオカルト映画「The Uninvited(邦題:呪いの家)」の主題曲として使われた。映画自体はかなり好評だったが、曲のほうはあまり話題にはならなかったそうです。1946年に、ヴィクター・ヤング・オーケストラのレコードがヒットして注目されるようになり、その年にネッド・ワシントンにより歌詞もつけられ、今では(超)有名なスタンダード・ナンバーとなっています。
この曲、大好きなのです。「ステラ」っていう女性の名前、素敵ですよね。
インスト版としては、今日紹介した中で、一番多くのジャズ・ミュージシャンが取り上げているのではないかと思います。

【歌詞抜粋】
いつも春のように小鳥がさえずるあの歌は
歳月が経っても変わらない
そっと寄り添う恋人たちを岸辺のさざ波がつつむ
夕暮れどきの小川のせせらぎ
壮大なシンフォニーのような星の光のステラ
それは夢ではない星影のステラ

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2014年2月 5日 (水)

【FM島田】冬季オリンピック・テーマ曲

ブログ月1回になってきた...(^^;
FM島田の放送がPCやスマホでも聴けるようになって初の「ディスカバリーRadio」ゲスト出演でした。
ネットラジオの詳細はココ

Sochi002


「☆ 祝!(もうすぐ)ソチ・オリンピック開幕 ☆」ということで、冬季オリンピック・テーマ曲特集

オープニング Give It All You Got (栄光を目指して) / Chuck Mangione

チャック・マンジョーネ:(1940年11月29日~)
ニューヨーク州ロチェスターに、シチリア系の両親の間に生まれる。
幼少からトランペットを学び、1960年から実兄ギャップ・マンジョーネとハード・バップ・ジャズ・バンドを結成、1965年、アート・ブレイキーのバンドにも参加。
1960年代後半、フリューゲルホルンに楽器を持ち替え、フュージョン方面に音楽性を転向。ラテン・テイストを取り入れたメロディアスで心地よいナンバーを次々と発表し、全米で大ヒット。
1976年アルバムBellaviaでグラミー賞を受賞。1978年にはアルバム"サンチェスの子供たち"で2度目のグラミー賞を受賞。代表曲"フィール・ソー・グッド"は全米のヒットチャートでトップ5入り、同タイトルのアルバムはBillboard 200のトップ2を獲得、ジャズでは異例の大ブレイクを記録した。

チャック・マンジョーネのこの曲、1980年レイクプラシッドのテーマ曲でした。エリック・ハイデンがスピードスケートの全種目制覇は記憶に残ってます。

1. Winter Games / David Foster

デイヴィッド・(ウォルター・)フォスター:(1949年11月1日~ )
カナダの音楽家、音楽プロデューサー、ソングライター、編曲家。
セリーヌ・ディオン、ジョシュ・グローバン、マイケル・ブーブレなどを見出したり、世界で成功したアーティストのプロデュースを数多く手がけている。今までに15のグラミー賞を獲得した他、「カナダのグラミー」と呼ばれるジュノー賞を7回、映像関連のエミー賞を1回受賞している。また、映画のサウンドトラックも数多く手掛け、3度アカデミー賞にノミネートされている。

POPCON2でもオープニングで演奏したこの曲、今でもスポーツ番組で使われたりしてますね。カルガリー大会のテーマ曲でした。「クール・ランニング」という映画にもなったように、ジャマイカからボブスレーに参加したことが話題に。

2. Light The Fire Within / LeAnn Rimes
From 「I Need You」2003年

リアン・ライムス:(1982年8月28日 - )
1996年、わずか13歳にして初のシングル"Blue"を発表。同曲はグラミー賞ベスト・カントリー・ボーカル(女性)部門を受賞し、リアンはグラミー最優秀新人賞も受賞。
2000年公開の映画「コヨーテ・アグリー」に楽曲「キャント・ファイト・ザ・ムーンライト」を提供&出演。
2002年、ソルトレイクシティオリンピックのテーマソングを開会式で歌う歌手に選ばれた。

この曲もデヴィッド・フォスター作、ソルトレイクシティ大会のテーマ曲。子供のコーラスも入って、スケールの大きな曲で好き。カントリー歌手だったリアンも、最近は幅広い曲を歌うようになって、映画にも出演したり(みてないけど)してるようです。

前大会の長野で金を取ったスピードスケートの清水宏保が銀メダル、同じく長野で金メダルを取ったモーグルの里谷多英が銅メダルでした。日本勢のメダルはこの2つのみ、長野の次ということで重圧が大きかったでしょうね。そんな中メダルを獲得した二人は素晴らしいと思います。


3. I Believe / Nikki Yanofsky
From 「Nikki(ニッキー〜フォー・アナザー・デイ)」2010年
# 時間の許す限り....

Nikki Yanofsky(ニッキー・ヤノフスキー):(1994年2月8日~)
カナダ・モントリオール出身。
2006年のモントリオール・ジャズ・フェスティヴァルにて、10万人の観客を前に史上最年少12歳でデビュー、13歳になった2007年、アメリカのジャズの名門レーベル「ヴァーヴ」史上最年少の歌手として、ジャズ・ヴォーカルの女王エラ・フィッツジェラルドのトリビュート・アルバム『ウィ・ラヴ・エラ』に参加。
2008年9月には、2007年のエラ・フィッツジェラルドに捧げたコンサート(当時13歳)を収録したライヴ盤『ニッキ・デビュー~エラへ捧げるスウィング』を自主制作で発売、カナダで大ヒット。カナダ版グラミー賞「Juno Nomination」で2部門にノミネートされ、こちらも史上最も若い候補者となった。
クインシー・ジョーンズをして「彼女は天からの贈り物。間違いなく前世がある」と言わしめた歌唱力は、もはやカナダ国内にとどまらず世界から一身に期待を集める存在となった。

16歳でバンクーバ大会の開会式、閉会式でパフォーマンス 。真っ赤な衣装と靴で、開会式で歌った国歌は今でも鮮明に思い出せますね。
この曲は、カナダで最大の民放テレビ局CTVのバンクーバー・オリンピック・キャンペーンソングだったそうです。オリンピック始まってから知りました。(^^;
ニッキーは4歳で歌手になることを決め(当時、子供向けの曲は完璧な音程とリズムで歌いこなせたそうな)、5歳のころには、スティービー・ワンダーやアレサ・フランクリンの曲を歌いこなしてたというからスゴい。

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次回は2月18日18時40分ごろから、「星の曲」特集です。
Jazz度ちょっとだけ上げます。(^^
たぶん。


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2014年1月22日 (水)

【FM島田】ペギー・リー

あけましておめでとうございます。(^^;
サボりがちのBlogですが、よろしくお願いします。

1月21日はペギー・リーの命日ということで、「ペギー・リーに捧ぐ」と題して(放送では言ってないけど...)、ペギーの愛唱曲を現在のシンガーが歌ったものを特集しました。

Peggy_lee

オープニング: La La Lu(ララルー) / Peggy Lee

ペギー・リー(1920年5月26日~2002年1月21日):
「ソフト・アンド・クール」な歌声で知られた、アメリカ合衆国の歌手・女優。本名ノーマ・デロリス・エグストローム。
ノースダコタ州、ジェームスタウンに8人兄弟の7番目として生まれる。4歳のときに母を無くしたことで幼年時代は継母との確執で過ごしたが、やがて、セミプロ・バンドで歌うようになる。
1941年7月にベニー・グッドマン楽団に加入、42年7月に「Why Don't You Do Right?」を録音、100万枚の大ヒットを飛ばした。
1944年キャピトルと契約、ミリオンセラ-を連発し、50年にはパラマウントで映画に初出演するなど、当時「ミルドレッド・ベイリー 以来最高の白人ヴォーカリスト」と謳われた。
グラミー賞に12回ノミネートされ、1969年のヒット曲「イズ・ザット・オール・ゼア・イズ」で最優秀女性ポップ・ボーカル賞を受賞し、1995年にはグラミー生涯業績賞 を授与されている。

1. He's A Tramp(彼がトランプさ)/ジャネット・サイデル
From 「Songs In The Key Of Peggy Lee」(ペギー・リーの夜) 2002年

ペギーはソングライターとしても知られ、「ジャニー・ギター」や、ディズニー映画『わんわん物語』(1955年6月公開)で使用された「ベラ・ノッテ」、「ヒー・イズ・ア・トランプ」、「ララルー」など曲などのヒットソングを(ソニー・バークと共に)作っています。
映画には声優として、レディの飼い主の奥さん、ベビーシッターとしてやってくるサラ伯母さんの飼い猫(双子のシャムネコ)、野犬収容所に入れられたメスの犬で、昔、歌う仕事をしていたというペグ、の3役をこなし、それぞれのキャラクターで歌も歌っています。
オープニングの「ララルー」は飼い主の奥さんが歌う曲、この「ヒー・イズ・ア・トランプ」はペグが歌う曲です。
ジャネット版はフルートが絡んで、いい味を出しています。

わんわん物語(Lady and The Tramp):
ニューイングランドに住むダーリングへのクリスマス・プレゼントとしてジム家にやってきたコッカー・スパニエルのレディ。夫妻の愛情を一身に受けていたが、二人に子供が生まれる。レディは変化に戸惑いつつも赤ん坊を見守る。
ある日、夫婦の旅行中にベビーシッターとして猫好きで犬嫌いのセーラおばさんがやってきたために家を飛び出したレディは野良犬のトランプに助けられる。生まれも育ちも異なる2匹であったが、やがて互いに惹かれ合うようになる。しかし、レディが保健所に捕まってしまい…。

Janet Seidel(ジャネット・サイデル):1955年5月28日~
オーストラリア出身。1980年頃から主にシドニーの高級ホテルのラウンジで、ベース奏者の兄デヴィッドと活動を始める。1992年にデヴィッドが主宰するレーベル“ラブ・ラーヴァ”から自主制作盤を発表。以後コンスタントにアルバムを制作し、地元新聞のヴォーカル賞などを獲得。世界各地でライヴを行なっている。


2. Fever(フィーヴァー)/リーグモル・グスタフソン
From 「I Will Wait for You」2003年

ペギー・リーが1958年に放ったミリオンセラー・ヒット曲。ペギー版はドラムとウッドベースだけの、とてもシンプルなバッキングにのって、クールかつ妖艶に歌っていますが、リーグモルはバンドのサウンドと協調しつつ、素晴らしいボーカルを聴かせてくれます。トロンボーンのソロもカッコいいです。

Rigmor Gustafsson(リーグモル・グスタフソン):1966年4月12日~
スウェーデンのヴェルムランド地方にあるカールスタッドの北西40キロのヴェルムスコーグという町(村)にて生を受ける。7歳からギターを始め、音楽学校に通っていた18歳の時にボーカルへ転向、ストックホルムの名門、王立音楽院へ通い、ジャズ声楽と教授法を専攻、主にジャズ歌唱法と作曲を学ぶ。
1993年にニューヨークへ活動の場を移し、2枚のアルバムを制作。1996年にストックホルムへ戻り、王立音楽院にて声楽の教授にとなる。
「「I Will Wait for You」はリリースされて1週間と経たない内に、スウェーデン・ジャズ・チャート No.1を74週に亘ってキープしていたノラ・ジョーンズを退け、更にはスウェーデン・グラミー(ジャズ部門)2003にもノミネートされた。

3. Why Don’t You Do Right?/キム・ホールウェヒ
From 「Why Don’t You Do Right? Remember Peggy Lee」2011年

最初に紹介したように、1943年(録音は1942年)のミリオンセラー。ペギー版はミディアム・スイングで淡々と「「何で他の男たちのようにちゃんとしないの?出てって、お金を持ってきてちょうだい。」と歌いますが、キムのバージョンはアップテンポでホーン・セクションも入って雰囲気が異なります。どっちが効果的でしょうかねー、相手によるのかな。

Kim Hoorweg(キム・ホールウェヒ):1992年12月9日~
オランダ、ユトレヒト出身のシンガー・ソング・ライター。父親はピアニストで、子供のころにチェロを習い始め、12歳に同じくオランダ出身のシンガー、トレインチャと出会い、ジャズシンガーに興味を持つようになり、アムステルダムの音楽院で歌唱を学ぶ。
14歳で、ヴァーヴ・レコードと契約(このレーベルで、女性アーティストとしては最年少)、翌年、2007年には、デビューアルバム 『Kim is Back』をリリース。2009年「My Recipe For A Happy Life」、2011年「Why Don't You Do Right?」、2012年「I'm Beginning to See the Light」とコンスタントにアルバムを発表。



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2013年12月25日 (水)

【FM島田】Let's Christmas Party!!

前回がしっとりと「The Christmas Waltz」だったので、今回は派手目に。(^^

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オープニング: Here Comes Santa Claus - Joy to the World / Chicago
邦題:サンタクロースがやってくる~もろびとこぞりて
(from 「Chicago XXXIII: O Christmas Three」 2011年)

アメリカのジーン・オートリーとオークリー・ホールドマンとの共作による1947年のクリスマスソング。ジーン・オートリーの歌でヒットし、1957年にエルビス・プレスリーがカバーして大ヒット。

ジーン・オートリー(Gene Autry/1907-1998):
1930年から40年代のアメリカ西部劇において、「歌うカウボーイ(Singing cowboy)」(アクションよりも歌を優先したスタイルで、いわゆる「ミュージカル西部劇」とでも言うべきジャンル)のスタイルを確立させた人物。

シカゴのクリスマス・アルバム(3作目)、マンネリ化しつつあります(オリジナル・アルバムは作る気がなさそう…)が、この曲は後半の2曲が同時に演奏されるところがポイントかな。最後に「メリー・クリスマス!」という声も入っています。

1. Boogie Woogie Santa Claus / The Brian Setzer Orchestra
(from 「Boogie Woogie Christmas」 2002年)

ロックンロールのソングライターのレオン・レネによって書かれたクリスマス・ソング。
最初のヒットは1948年のメイベル・スコット(1915年4月30日~2000年7月19日)によるもので、ビルボード・レイス・レコード・チャート のトップ15に入った。
パティ・ペイジ(1927年11月8日~2013年1月1日)の最大のヒット(13週間にわたって1位の座にあり、累計売上げ枚数は600万枚に達しビルボード誌のヒット・チャートで1950年代最大のヒットを記録)となった「テネシー・ワルツ」(1950年)のB面に収録されていた。

金髪リーゼントがトレードマークのブライアン・セッツァー、地毛は黒だとか。(^^

2. Santa Claus Is Coming To Town / The Pointer Sisters
邦題:サンタが街にやってくる
(from 「A Very Special Christmas」 1987年)

ヘヴン・ギレスピー作詞、フレッド・クーツ作曲のクリスマスソング。
1934年11月にラジオ番組で初めて放送され、同曲の楽譜が40万部以上の売り上げとなる。
1934年にジョージ・ホールが初めて録音し、今日までに、数多くの有名なアーティストによってカバーされている。ビルボード・チャートでは、1970年と1971年にジャクソン5、1985年にブルース・スプリングスティーンのカバーが「Special Christmas Chart」で1位を獲得。

ポインター・シスターズ:
カリフォルニア州オークランド出身。ルース(1946年3月19日~)、アニタ(1948年1月23日~)、ボニー(1951年7月11日~)、ジューン(1953年11月30日~2006年4月11日)の四姉妹 。
幼い頃からゴスペルに親しみ、聖歌隊で歌い始める。高校卒業後、4人はロサンゼルスに渡り、1973年にデビュー。
1975年には「フェアリーテイル」でグラミー賞の最優秀カントリーボーカルグループ賞を受賞。その後はR&Bやディスコに方向性を模索しつつ、1977年にはボニーがソロ転向のため脱退、三人組となる。
1984年には流行のダンサブルなサウンドで4曲のトップ10ヒットを放ち、グラミー賞で2部門を獲得、1985年には「ウィ・アー・ザ・ワールド」にコーラスで参加。
1990年代以降は表舞台から遠ざかったが、1996年のアトランタオリンピックの閉会式で歌を披露。

3. Red-Suited Super Man / Rod Stewart
(from 「Merry Christmas, Baby」 2012年)

ロッド・スチュワート、デヴィッド・フォスター、エイミー・フォスターによるオリジナル曲。

昨年のクリスマス後に買った(出てるの知らなかった...)アルバムで、この1曲を除いて、すべてカバー曲です。「星に願いを」まで入ってますが、まぁ、クリスマスっぽいかも。
「What Are You Doing New Year’s Eve?」は故エラ・フィッツジェラルドとの疑似デュエット(1960年のエラのボーカルと)となっています。
いいアルバムですよ。

ロッド・スチュワート(1945年1月10日~):
北ロンドン、ハイゲイで誕生。1963年にジミー・パウエル&ファイヴ・ディメンションズにバック・ヴォーカリストとハーモニカで参加したのを皮切りに、数々のバンド゛に在籍。その後もジェフ・ベック・グループ、フェイセズのリード・ヴォーカリストとしての活動と並行してソロ・アルバムを精力的に発表し、現在までロック・シーンのみならず比類無きヴォーカリストとしての存在を確立し続けている。
2002年より発表している「ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック」シリーズでは、2005年、デビューから40年にして初のグラミー賞を受賞している。


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2013年12月12日 (木)

【FM島田】クリスマス・ワルツ

12月10日、FM島田「ディスカバリーRADIO」のコーナーにお邪魔してきました。
サミー・カーン作詞、ジュール・スタイン作曲の「The Christmas Waltz」(クリスマス・ワルツ)の特集。

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The Christmas Waltz (クリスマス・ワルツ)
1954年 サミー・カーン作詞、ジュール・スタイン作曲
フランク・シナトラのために書かれたクリスマス・ソングで、1954年の「White Christmas(ホワイト・クリスマス)」の新録音のB面、1957年の「A Jolly Christmas from Frank Sinatra(邦題:クリスマス・アルバム)」、1968年の「The Sinatra Family Wish You a Merry Christmas(ザ・シナトラ・ファミリー・ウィッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス)」に録音されている。
ちなみに、「Let It Snow」も同コンビによる作品。

Opening:The Carpenters (カーペンターズ)
from 「Christmas Portrait」1978年

カーペンターズのクリスマス・アルバムは、気持ちがほっこり暖かくなりますね。レコードは持ってたのですが、CDは昨年のクリスマス後で入手しました。ということで、今回のオープニングで。

1. Jane Monheit (ジェーン・モンハイト)
from 「The Season」2005年

日本で「美人ジャズ・シンガー」とかの謳い文句でデビューすると、たいてい、いつのまにかいなくなっちゃう事が多いのだけど、ジェーンは今も一線で活躍するシンガーです。
ピアノ・トリオにギターとビブラホンが加わった編成が、とてもいい味を出しています。ビブラホンは以前「スチールパン特集」の時にご紹介したカリビアン・ジャズ・プロジェクトのデイヴ・サミュエルズ。

ジェーン・モンハイト:(1977年11月3日~)
ニューヨーク州ロング・アイランド出身。祖母と叔母がプロ歌手など芸能一家に育ったジェーンは高校でクラリネットと音楽理論を学びながら、地元のジャズ・クラブで歌い始める。
17歳でマンハッタンに転居し、ジャズ教育の名門マンハッタン音楽院に入学。ニューヨーク・ヴォイセズの創立メンバーでもあったピーター・エルドリッジの指導の下、ジェーンは着実に実力を伸ばしていく。そんな彼女に訪れた最大の転機は、最上級生になった年にエルドリッジの勧めによって参加したセロニアス・モンク・コンペティション。ここで準優勝に輝いた彼女は一躍注目を集め、2000年にデビュー・アルバムが発売された。その年齢からは想像もつかないほどの表現力と正統派の美声はたちまち人気を集め、ジェーンはダイアナ・クラールと並んで新世紀を代表する女性ジャズ・シンガーの地位に上り詰めた。

2. Harry Connick, Jr. (ハリー・コニック・ジュニア)
from 「Harry For The Holidays」2003年

ビッグバンド・リーダーでもある、ハリーの2枚目のクリスマス・アルバム。アレンジも自身によるもので、ビッグバウンドのサウンドとストリングスがいい感じでマッチしています。

ハリー・コニック・ジュニア:(1967年9月11日~)
アメリカ合衆国ニューオーリンズ市出身の歌手・ピアニスト・俳優である。
母親のアニタ・フランシスは弁護士および判事。父親も1973年から2003年までニューオリンズの検事だった。法曹関係の仕事をする一方、レコードショップを経営する両親の影響で小さい頃からフランク・シナトラ、デューク・エリントンを好んで聞いていた 。
3歳からピアノを始め、10歳でニューオーリンズのジャズバンドと共にレコーディング、19歳で初めてのアルバムを出した。
1940年代~1960年代のフランク・シナトラを彷彿とさせる「ビッグ・バンド・スタイルの再来」と評され、サントリーのテレビCMに出演したこともあり日本での知名度も高く、来日経験もある。
映画『恋人たちの予感』の音楽を手がけ、グラミー賞を受賞している他、1990年代より俳優としても活躍しており、『メンフィス・ベル』や『インデペンデンス・デイ』などの大作に出演している。

3. Natalie Cole (ナタリー・コール)
from 「The Magic Of Christmas」1999年

個人的には、クリスマス・ソングと言ったら、ナタリー・コールは欠かせません。暖かい歌声と、ゴージャスなアレンジに負けない歌唱力、それでいて押しつけがましさがない。ロンドン交響楽団との共演によるクリスマスアルバムから。「アンフォゲッタブル」の再現、亡き父ナット・キング・コールとの擬似デュエットでの「The Christmas Song」も収録されています。
ちなみに、先にかけたハリーのアルバムは、かつてナット・キング・コールが使ったというピアノを、ハリーが演奏しているそうです。

ナタリー・コール:(1950年2月6日~)
アメリカ合衆国のシンガーソングライター。ナット・キング・コールの実娘。
カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。子供の頃から歌手として活動し、1975年にデビュー。デビュー曲の「ジス・ウィル・ビー」はビルボード全米総合チャート6位のヒットを記録し、グラミー賞の最優秀R&B女性ボーカル賞、最優秀新人賞に輝く。
1991年には偉大な父ナット・キング・コールのカバー集「アンフォーゲッタブル (Unforgettable... with Love)」を発表。全米ポップチャートで5週1位というジャズ作品としては異例の大ヒットを記録し、グラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞した。
シングル「アンフォーゲッタブル」では亡き父が歌った音源とのオーバーダブによる「共演」が大きな話題を呼んだ。なおこの曲も、同年のグラミー賞のソング・オヴ・ザ・イヤーに輝いている。

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【歌詞(意訳)】

霜に煙る窓ガラス、部屋の中にはロウソクが輝き、
クリスマスツリーを飾るのは、色とりどりのキャンディの杖。

プレゼントを一杯積んだソリで、サンタがもうすぐやって来る。
あなたの家にも、私の家にも!

世界中が恋をする季節がやって来たよ!

どんな歌もこんな風に聴こえる。
「メリークリスマス、新年には願いが叶うようにね!」

だから私は、みんなのために願いを込めて、三拍子のこの歌を歌うよ。
「メリークリスマス、新年にあなたの願いが叶いますように!」

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MCの時のBGMは、エディ・ヒギンズ・トリオの演奏で「クリスマス・ワルツ」でした。(^^)
次回12月24日は派手目に、レッツ・クリスマス・パーティー!な選曲の予定です。

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2013年11月27日 (水)

【FM島田】枯葉

FM島田「ディスカバリーRADIO」のコーナー、11月26日の放送にお邪魔してきました。

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【枯葉という曲について】
ジョゼフ・コズマ(Joseph Kosma)作曲、ジャック・プレヴェール作詞による1945年のシャンソン・ナンバー。1946年に製作されたマルセル・カルネ監督の映画『夜の門』での挿入歌として用いられ、当時新人歌手だったイヴ・モンタン(1921 -1991)によって劇中で歌われた。その後、当時人気があった女性シャンソン歌手ジュリエット・グレコが歌ったことで世に認知されるようになり、1940年代末から1950年代にかけて、シャンソン界のスタンダード曲となった。

アメリカでは、キャピトル・レコードの創立者でもあったジョニー・マーサーが英語の歌詞をつけ、1950年のビング・クロスビー、1952年のナット・キング・コールなどがカヴァー。
ジャズの分野では1952年のスタン・ゲッツの録音が先駆だったが、ポピュラー界でスタンダードとなり、コーラス部分のコード進行が素材として好まれたことから、1950年代後半以降、多くのジャズメンによって取り上げられている。
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実は、「枯葉」という曲はそんなに好きではないのですが、コード進行の面白さと、たくさんのバージョンが存在することから、好きな演奏はいくつかあります。今日はその中から、オープニング曲も含めて4曲ご紹介しました。

Op. ビル・エヴァンス・トリオ 
from 「Portrait In Jazz」(ポートレイト・イン・ジャズ) 1959年
ビル・エヴァンス(p)、スコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)

シャンソンのスタンダードに急速調のピアノで多彩なアドリブを展開することで独自の解釈を持ち込んだ。名演として有名で、キース・ジャレット、チック・コリア等、コンテンポラリー・ジャズを代表するピアニストに大きな影響を与えたと言われています。

1) ダイアン・シューア&メイナード・ファーガソン
from 「Swingin' # 短めなので、全曲お願いします。for Schuur」(スインギン・フォー・シューア)2001年

ハイ・ノート・トランペッターのメイナード・ファーガソンとの共演。
シューアは歌い方に独特な癖があって、あんまり好きではないのですが、このアルバムは、さらに独特な曲者のファーガソンとビッグバンドがバックを務めていて、独特な歌い回しが目立たないのと、アレンジもカッコいいので好きです。

ダイアン・シューア(1953年12月10日~):
米国ワシントン州オーバーン生まれの盲目のシンガー。1979年のモンタレー・ジャズ祭に出演したところをスタン・ゲッツに認められ、84年にGRPレコードから『ディードゥルズ』でデビュー作。1986年録音の『タイムレス』で初のグラミー賞を受賞(ベスト・ジャズ・ヴォーカル・パフォーマンス女性部門)。1987年録音の第4作『ダイアン・シューア&ザ・カウント・ベイシー・オーケストラ』でも再度グラミー賞を受賞した。

メイナード・ファーガソン(1928年5月4日~2006年8月23日):
カナダ・ケベック州ヴェルダン生まれ。卓越したハイノート・ヒッターとして知られる存在。1949年に渡米し、スタン・ケントン楽団に入団、同楽団を去ったのちにパラマウント・ピクチャーズに入り、映画音楽に携わるようになった。
1976年にはモントリオールオリンピックの閉会式でトランペットのソリストとして活躍。また、1977年にシングル発売された「ロッキーのテーマ」はオリジナル・ヴァージョンを超えるヒットを記録した。
2006年8月23日、腎臓疾患と肝臓疾患のため死去。享年78歳。

2) サラ・ボーン
from 「Crazy and Mixed Up」(邦題:枯葉)1982年
サラ・ヴォーン(vo)、ジョー・パス(g)、ローランド・ハナ(p)、アンディ・シンプキンス(b)、ハロルド・ジョーンズ(ds)

冒頭のジョー・パスの華麗なギター、それを引き継いだサラ・ヴォーンのスキャットが炸裂します。このバージョンでは、「枯葉」の歌詞もメロディーも、一回もでてきません。「枯葉」素材とした、ミュージシャンの表現大会といった感じで、いつ聴いても鳥肌ものです。

サラ・ボーン(1924年3月27日~1990年4月3日):
米国ニュージャージー州ニューアーク生まれ。
アポロ劇場でのアマチュア・コンサートで優勝し、1943年にアール・ハインズ楽団の専属歌手&ピアニストとしてデビュー。ソプラノからコントラルト(メゾソプラノとテナーの間の音域)までの幅広い音域と豊かな声量、抜群のテクニックで、最高のジャズ歌手のひとりと認知され、晩年までその評価を維持し続けた。
ジャズ・ボーカル史上ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルドと並ぶ、女性ジャズ・ヴォーカリスト御三家の一人と言われている。
長年の喫煙者であり、1990年に末期の肺がんで倒れ、亡くなった。

3) シモーネ
from 「Moonlight Serenade」(ムーンライト・セレナーデ)2004年
シモーネ(vo)、
ロマンティック・ジャズ・トリオ:ジョン・ディ・マルティーノ(p)、ハンス・グラヴィシュニック(b)、フィリップ・コップマイヤー(Ds)

昨年の9月に『月がツキを呼ぶ』特集をやらせていただいたときに、シモーネの「ムーンライト・セレナーデ」をかけましたが、同アルバムからの選曲です。(シモーネはこの1枚しか持ってません。)
ゆったりとしたリズムに、魅力的な歌声が重なって、夜の雰囲気です。

シモーネ(1981年~):
オーストリア生まれ。
2000年から米国で活動している、透明感をもったキュートなヴォイスが魅力のシンガー。
両親が音楽の先生という恵まれた環境に育っている。父親は、ビッグ・バンドも演っていて、シモーネは12歳からそこで歌っていた。本作でドラムスを叩いているフィリップ・コップマイヤーは、シモーネの弟(録音時18歳)。
「Moonlight Serenade」は、22歳の時に録音したデビュー・アルバム。ピアノ・トリオをバックに、幅広いレパートリーをしっとりと歌いあげている。
これまでに11枚のアルバムをリリースし、今後の活躍が期待されている女性シンガーの一人。

次回は、12月10日、クリスマス・ソングを取り上げる予定です。
聴いてくださいね~。


   

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2013年11月20日 (水)

【FM島田】スティーヴィー・ワンダー

FM島田「ディスカバリーRADIO」のコーナー、11月19日の放送にお邪魔してきました。

12月1日(日)に行う「POPCON2」(Blogでも別途宣伝します!)というコンサートで、スティービー・ワンダーの曲を3曲演奏するんですが、その予告編というか、自分たちにプレッシャーかけるために?、Zooが演奏する曲のオリジナル・バージョンをご紹介しました。

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スティーヴィー・ワンダー:(1950年5月13日~)
ミシガン州サギノー生まれ。未熟児網膜症が原因で生まれてすぐに目が見えなくなる。
11歳の時、モータウン社長の前で歌と演奏を披露し契約、2年後にデビュー・アルバム「フィンガーティップス」を発表し、全米No.1となる。
1974年の第16回グラミー賞で、自身初の受賞を果たす(シングル「迷信」が最優秀男性R&Bボーカル賞と最優秀R&B楽曲賞、「サンシャイン」が最優秀男性ポップ・ボーカル賞、アルバム『インナーヴィジョンズ』が最優秀アルバム賞をそれぞれ受賞)。
1976年には、2枚組のオリジナル・アルバム『キー・オブ・ライフ (Songs in the Key of Life) 』をリリース。このアルバムは、全米アルバムチャート14週1位となる大ヒットになり、この年のグラミー賞の最優秀アルバム賞も受賞。
30曲以上の全米.トップ10ヒットを放ち、計22部門でグラミー賞を受賞、最も受賞回数の多い男性ソロ・シンガーである。


オープニング. Tuesday Heartbreak (チューズデイ・ハートブレイク)
from 「Talking Book」1972年

「Talking Book」は、15枚目のオリジナル・アルバム。「迷信」「サンシャイン」の2曲が、シングルとして全米1位を獲得。「Tuesday Heartbreak」は「サンシャイン」(You Are the Sunshine of My Life)のB面に収録。
「Talking Book(トーキング・ブック)」、「Innervisions(インナーヴィジョンズ)」、「Fulfillingness' First Finale(ファースト・フィナーレ)」の3枚は、スティーヴィーが最もクリエイティブだった時期に立て続けに発表されたもので、『黄金の3部作』と呼ばれている。

以下、ご紹介した曲です。

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2013年11月 9日 (土)

【FM島田】Jazz Friday A to Zoo vol.1

11月から、FM島田(76.5MHz)で番組をやらせていただくことになりました。

☆Jazz Friday A to Zoo☆
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勝手に作ったロゴですが。(^^;

毎回、一人または一組のアーチストを、AからZまで、順番に取り上げていきます。それと、ズーのライブにもぜひ足を運んでいただきたいという願いを込めてのタイトル、「JAZZ FRIDAY A to Zoo」。
30分番組なので、3~4曲かな。

第2金曜と第4金曜(再放送)の月2回、19時半からです。
Jazzに軸足をおきつつ、ジャンルは緩く、選曲にはこだわっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。


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2013年10月23日 (水)

【FM島田】スチールパン特集②

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FM島田「ディスカバリーRADIO」のコーナー、10月22日放送分。

リクエストをいただき、スチールパン特集の2回目。
とはいえ、普通にスチールパンが目立つ曲を選んでも面白くないので、歌もの3曲。

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Opening. Happy Lypso / Monty Alexander Quintet
ハッピー・リプソ / モンティ・アレキサンダー・クインテット (from 「Ivory & Steel」 1980年)

オープニングのみインストで。

1. Another Rainy Day In New York City / Chicago
雨の日のニューヨーク / シカゴ (from 「Chicago X (カリブの旋風)」 1976年)

間奏とエンディングでスチールパンが使われています。スチールパンはオープニングと同じく、オセロ・モリノー。
1976年度グラミー賞「最優秀ポップ・グループ」受賞のアルバム“カリブの旋風”からのファースト・シングル(1976年・全米32位)。
ちなみに、セカンド・シングルは、シカゴ初の全米No.1ヒット曲となった、ピーター・セテラの代表曲とも言える、「愛ある別れ(If You Leave Me Now)」。

2. (Wanted) Dead Or Alive / Manhattan Transfer
おたずね者 / マンハッタン・トランスファー (from 「Mecca For Moderns」(モダン・パラダイス) 1981年)

スチールパンはアンディ・ナレル。
コミカルなボーカルとスチールパンがよく会います。今年の東京JAZZにも出演してましたが、残念ながら、ここでリード・ボーカルを取っているリーダーのティム・ハウザーは療養中で来日しませんでした。早く回復されますよう。

3. Ain't Nobody Ever Loved You / Aretha Franklin
エイント・ノーバディ・エヴァー・ラブド・ユー / アレサ・フランクリン (from 「Who's Zoomin' Who?」(フリーウェイ・オブ・ラヴ) 1980年)

イントロから、ほぼ全編でスチールパンが聴けます。スチールパンは前曲と同じく、アンディ・ナレル。
アレサの歌も、リラックスして楽しそうですね。

ちなみに、今回は紹介できませんでしたが、手持ちCDの中の以下2曲にもスチールパンが使われているのを発見(ディスカバリ)してます。(^^)

Worse Comes to Worst (陽気な放浪者) / Billy Joel (from 「Piano Man」1973年)
Don’t Let Me Down / Phoebe Snow (from 「It Looks Like Snow:雪模様」1976年)

前者は演奏者不明...後者はアンディ・ナレルです。


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